万葉紀行
由美と行く 

11、

 父は風呂から上がると、いくつかの資料を見ていた。
 そして、ホテルの電話を手にした。
 「あ、由美。ちょっと、資料をチェックしないか」
 「いいよ」
 すぐに由美がやってきた。
 「今、資料を見ていたんだが、古文書なんかには朝倉町あたりまで海が来ていたと書かれていて、かなり奥深くまで有明海が入り込んでいたようなんだ」
 そう言って、父は由美に資料を手渡した。
 「ただ、弥生時代には海岸線が久留米市のあたりまで後退していたという資料もある」
 由美は、その資料を見た。
 「高山のホテルの上から、久留米市の市役所まで見えると言っていただろう。となると、あの高山から、すぐ近くではないにしても、海は見えていたと思うんだよ」
 「潮の干満も激しいということだったから、満潮時にはかなり近くまで海岸線が来ていたのかもね」
 「だから、万葉集第二首に詠われた香具山にかなり近いように思えるよ」
 「あの眺めの良さは国見をするには最高だものね」
 「ところが、それにも劣らぬすごい候補地が出現したわけだ」
 「今日の、黒崎のことね」
 「そうだよ。古墳や遺跡の規模からして、あの周辺に王朝が存在していたことに疑いはないだろう。そして、地名が残っていることも合わせると、あの周辺がヤマトの国だったということは充分に考えられる」
 「有明海が眼下に広がり、歌にある海原という表現にぴったりのすばらしい景色だったわね。当時はすぐ真下まで海だったから、きっと鴎も飛んでいたんだろうしね」
 「周囲に島もたくさんあったようだよ」
 「ヤマトの国、島、海、鴎、景勝地。国見の歌に必要な条件をすべて満たしているわ。何と言ってもあの眺めだもの、万葉集第二首の国見の歌は黒崎のあたりで詠まれた可能性がかなり高いわね」
 「その資料の中に、弥生時代の人口分布図があるんだけどね、大きく言って三つの密集地があるんだよ。一つは博多湾周辺、もう一つは大宰府周辺、そしてもう一つは大牟田周辺なんだよ」
 「博多湾から大宰府、大牟田のラインね。大宰府政庁跡は、そのちょうど中心に位置しているわね」
 「やはり、大宰府は倭国の都だったんじゃないかなあ」
 「でも、そういったことがどうして記録に残っていないのかしら」
 「それは、新しく誕生した日本国にとっては都合が悪かったからだよ」
 「ええっ、どういうこと?」
 「白村江の戦いの後に倭国は滅び、日本国が建国されたんだ。そして、遣唐使が、それを唐に報告に行ってるんだよ」
 「遣唐使ね。歴史で出てきたわね」
 「ところが、日本国なんて聞き慣れないものだから、その遣唐使は唐から不信に思われてしまったんだよ。そこで、あわてて日本という国は歴史の古い国だと日本書紀にまとめて、それを唐に献上したんだよ」
 「そうなんだ」
 「となると、出雲や倭国といった他の王朝が存在していたことが分かると都合が悪いだろう」
 「辻褄が合わないことになるわね」
 「それ以来、日本国にとって都合の悪い歴史は消されてきたんだよ。これは、今も続いていることだけどね。誠実に出来事を残そうとはしないんだな」
 由美は、これまで日本の古代史がよく分からなかった原因はそこにあるのかもしれないと思った。
 「その消された歴史が、万葉集の中には残っているように思えるんだよ」
 「歌になっているので助かったのかな」 
 「あるいは、そういう形にして残そうとしたのかもしれない」
 「ところで、万葉集の第一首だけどね。この前、朝倉町の古毛を詠っているんじゃないかって言っていたでしょう」
 「そうだねえ」
 「あのホテルの屋上から山の方を見たら、朝倉町の方面に、なだらかな丘が広がっていたわね」
 「そうだったね」
 「私は、あの眺めを見て、『ああ、これがあの第一首に詠われた丘じゃないかな』って思えたわ」
 「それは、お父さんも思ったよ」
 「だから、あの第一首は朝倉町の周辺を、そして第二首は大牟田市黒崎周辺を詠ったということじゃないかしら」
 「きっとそうだよ。すると、あの国見の歌は、おそらく大牟田にあったヤマトの国王が黒崎のあたりで詠んだ歌なんだよ」
 「お父さん、とうとう探し当てたわね」
 「かなり自信があるんだけど、どうだろうね。まあ、あくまで素人が古代史に寄せるロマンだけどね」
 「でも、もしそうだとしたら、万葉集は北九州を詠うところから始まるのよね」
 「そうだよ。これは、大牟田周辺をもっと調べてみないといけないなあ。どうも北九州には、まだまだ何かありそうだ」
 「そうなると、大牟田の歴史について書かれたあの本が必要になってこない?」
 「こんなに重要な場所だと思いもしなかったから何も控えていないよ」
 「本の名前が分からなければ、取り寄せることもできないでしょう」
 「どうしよう。明日、図書館にもう一度寄ってみるか。帰りが少し遅れるけど、まあその日のうちに着けばいいよ」
 「じゃあ、そういうことでおやすみ」
 「ああ、おやすみ」
 九州での最後の夜が更けていった。

 



                             

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