万葉紀行
由美と行く 

5、

 滋賀に戻った頃には、すっかり日が暮れていた。
 「遅くなってしまったから、夕食を食べて帰ろうか」
 「わあ、うれしい」
 二人は、駅の近くにある和風レストランに入った。
 「ああ疲れた。お父さんは、車の運転もしなくちゃいけないから大変だったでしょう」  
 「いやあ、まだ吉野にまで行きたかったくらいだよ」
 「元気よね。でも、明日はもう帰るんでしょう」
 「残念ながらね」
 その時、注文を聞きに来たので、定食のセットと単品をいくつか頼んだ。
 「でも、由美の所に来たお陰で、いろいろ見学ができて良かったよ」
 「私も、レポートの良い題材ができて助かったわ」
 「しかし、今日改めて思ったんだが、万葉集冒頭第二首の歌は、やはり、あの香具山で詠まれた歌ではないよ。仮にも国王がその山頂から国見をするんだよ。誰が見ても絶景だと言われるような場所のはずだよ」
 「『絶景かな、絶景かな』そんな風に愛でていたような場所だということね」
 「そうだよ。そして、時代が変わっても見晴らしがそうそう変わることはないよ。ところが、香具山はそんな景勝地ではないようだし、むしろ甘樫丘の方が国見にはぴったりだったよ」
 「じゃあ、どこで詠まれたんだろうね」
 「おそらく国見の歌は、海も山もあるような場所で詠まれたと思うんだよな」
 そんな話をしているうちに注文した食事が運ばれてきた。
 「さあ、お父さん食べようよ」
 「やはり京都が近いからかなあ、京風料理みたいだよ」
 「盛り付けが、とっても綺麗ね」
 「おっ、味も薄味で上品だよ。あまり外食は好きな方じゃないが、これはいいよ」
 「お母さんにも食べさせてあげたいわね」
 そして、夕食を済ませると、二人はその店を後にした。
 帰る途中に書店があり、由美が寄りたいというので父も一緒に入った。
 由美を待つ間、父が店内を見回すと、旅行雑誌がたくさん並んでいた。
 『そうだ。九州にはどんな観光スポットがあるのだろう』
 父は、博多湾のことが話題になったのを思い出し、北九州方面を紹介している雑誌を手にした。
 そして、ページをめくっていると、面白そうな見出しが目についた。
 『倭国の歴史を訪ねるコース』
  志賀島=福岡市博物館=大宰府=吉野ヶ里=原鶴温泉
 父は、紹介している記事も読んでみた。
 まずは、博多湾にある志賀島の金印公園を見て、その後、金印の実物が展示されている福岡市博物館に行く。
 次は大宰府へ行き、政庁跡、大宰府天満宮や歴史博物館を訪ねる。
 そして、吉野ヶ里を見て、高山にあるホテルに宿泊するといったコースだった。
 「お父さん、お待たせ。万葉集の歌を紹介している本があったので買っちゃった。あらっ、九州にでも旅行するの?」
 「ほら、あの志賀島から始まって、大宰府や吉野ヶ里を巡るんだって」
 「面白そうなコースね」
 「古の歴史に触れて、最後は、ええと、高山の高台にあるホテルで宿泊だよ。高山?」
 「聞いたことのない山ね」
 「そうだね。説明書きがあるよ。『高山の上からは筑紫平野が一望でき、その眺めは絶景である。また、山の上には香山観音があり四季を通じて参拝客が絶えない』とあるよ。なるほど、見晴らしのいい所のようだよ」
 「そうみたいね」
 「ええっ、なんだって! 今は高山とか香山と言うが、昔は香具山と呼ばれていた?」
 「香具山?」
 「よしっ、この本を買って帰ろう。それと地図も」
 父は、その旅行雑誌と九州の道路地図を買い、足早に車へ戻った。
 「見晴らしのいい場所で、香具山と呼ばれていたとなると、ちょっと気になるよ」
 「これが天の香具山なのかしら」
 「さあどうだろう。とにかくよく調べてみよう」
 アパートに帰ると、父は、すぐに雑誌と地図を広げた。
 「どこなんだろう。よく分からないなあ」
 「ホテルの住所とかは載ってないの?」
 「電話番号はあるけれど、住所までは書いてないよ。でも、原鶴温泉とあるからそれで調べられないかなあ」
 「この地図のどこを見たらいいの?」
 「だめだ。やっぱり大きな地図がいるよ」
 「じゃあ、九州全図とか大きい地図にすれば良かったのに」
 「あれは、縮尺が大きくて地名が分からないんだよ。この道路地図くらいでないとだめなんだ。やっぱり、張り合わせた大きい地図がいるか。仕方がない、コンビニが近くにあったよなあ。コピーしてくるよ」
 父は地図を持って出かけ、三十分ほどして帰ってきた。
 「はさみと糊はあるかな」
 「はい、ここに」
 父は、博多湾から始めて、周囲を切り貼りしながら繋げていった。 
 「お父さん、それくらいにしておかないと大き過ぎて扱いに困るよ」
 「そうか」
 結局、博多湾から大牟田市のあたりまでの畳一畳ほどもある地図ができあがった。
 「蛍光ペンはあるかい」
 「あるわよ」
 由美は机の中から取り出してきた。
 「じゃあ、主な市や町の名前を塗ってくれるかい」
 「いいわよ」
 由美は、黄色のペンを手にした。
 父は、筑後川を青いペンで塗っていた。
 「さあて、これで全体が分かるようになったよ」
 「お父さん、ほらここに大和町とか山門といった地名があるわよ」
 「あ、本当だ。すると、このあたりは歴史的に何かあるのかもしれないよな」
 「原鶴温泉はどこだろう」
 二人は、地図を眺めた。
 「あっ、あった。ほらここに、筑後川の川沿いにあったよ」
 「やっと見つかったね」
 「ほら、高山トンネルとあるから間違いないよ。では、ここが高山かな」
 「見晴らしはいいのかしら」
 「このあたりは、川や道路が迂回しているだろう。きっと、岬のように突き出しているんだよ」
 「じゃあ、その突き出した山の上から、周囲が見渡せるわね」 
 「筑後川の流れや、ずっと広がる平野を眺めることができそうだよ」
 だが、父と由美は一度も行ったことがないので、どんな眺めがそこから見えるのか想像もつかなかった。
 「あっ、ここにも朝倉があるわ。三輪山にもあったよね。ええっ、三輪町もあるわよ」
 「一時期、朝倉宮が開かれたと言われているんだよ。あるいは、このあたりなのかもしれないよ」
 「宮があって、国見のために登るとすれば高山はちょうどいい場所よね」
 「そうだね。ほら、近くに宮野とか、久喜宮、若宮、宮田と宮のつく地名が集中しているよ」
 「すると、このあたりに宮があったということなのかしら」
 「そうかもしれないよ。博多湾から大宰府を通り真っ直ぐ来た所にあるし、いざという時には、東側の海にも抜けることが出来る。北九州の中心に位置していて、かなりの要所だったと言えるよ」
 「重要な拠点だったのね」
 「今見た限りにおいてはね」
 二人は、また地図を眺めた。
 その時、父の目が地図に釘付けになった。
 「朝倉町に古毛?」
 「どうしたの」
 「まさか」
 「だから、何が?」
 「万葉集の冒頭第一首は、雄略天皇の歌なんだよ」
 「それは聞いたことあるわ」
 「その歌が『籠(こ)もよ』で始まるんだよ。そうだ、由美がさっき買った本を見せてくれるかい」
 「ちょっと待って。はい、これよ」
 父は、由美が渡した本を開いた。
 「ほら、この歌だよ」
 由美は、父の示す歌を見た。

 
(こ)もよ み籠持ち ふくしもよ みぶくし持ち この岡に 菜摘ます兒(こ) 家告(の)らせ 名告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて われこそ居(を)れ  
 しきなべて われこそいませ われこそば 告らめ 家をも名をも

 意味もその横に書いてあった。

 籠(かご)も 良い籠を持ち ふくしも 良いふくしを持って この岡で 菜を摘まれる乙女子よ ご身分は 名も明かされよ (そらみつ) この大和は ことごとく わたしが君臨している国だ すみずみまで わたしが治めている国だ わたしの方こそ 告げよう 身分も名前も 

 「何か、若い娘を誘惑しているような歌ね」
 「だろう。万葉集冒頭の歌が、『籠(かご)よ』で始まるというのは、何か変に思っていたんだよ。その上、女の子をナンパするような内容だろう。格調高き万葉集の冒頭の歌にしては、しっくりいかないものがあったんだよ」
 「ちょっと待ってよと思うよね」
 「だから、宮があった古毛の地を冒頭で詠ったのではないかと思ったんだよ。それに、この第一首は、『初瀬朝倉宮』の時代に詠われたことになっているんだよ。それがもしこの朝倉だとしたら」
 「古毛の地を詠んだのかしら」
 「そこに原文もあるだろう。『籠毛与(こもよ) 美籠母乳(みこもち)』と始まっている。これが、『古毛よ、美しい古毛の地よ』という意味だとしたらどうなる?」
 「万葉集は、宮廷のある美しい古毛の地を称え、そこに君臨する大王の歌で始まるということになるわね」
 「『すばらしいわが国よ』という歌で始まり、次の第二首では山に登って、この国は『うまし国だ』と国見をする訳だよ。ぴったりくると思わないかい」
 「万葉集の冒頭にふさわしくなるわね」
 「ただ、後の部分との関連もあるから、あるいはこの古毛を直接詠ったものではなく、それを暗示させているのかとも思えたんだけど、どうだろう」
 「私にはよく分からないわ」
 「とにかく、この高山に上がって、あたりの風景を一度見てみたいよ。この山がはたして『天の香具山』なのかどうか」
 「そうね。地図に山として載っていないということは、そんなに高い山じゃないから、国見をするには手ごろな山なのかもね」
 二人は、今だ見たことのない、北九州の地に思いを馳せていた。
 「お父さん、ところで海は?」
 「海?」
 「国見の歌には、山と海だって、さっきお父さんも言っていたじゃない」
 「だよねえ」
 「だよねえなんて呑気なことを言ってどうするのよ。海が無かったら、全然成り立たないわよ」
 「娘よ」
 「何よ」
 「お父さんが、それを考えていなかったとでも」
 「考えていたの?」
 「さあ」
 「それじゃあ、だめじゃない。この話は振り出しにもどってしまったわね」
 「まあ、待ちなさい。海だろう。今、この地図では、高山周辺に海はない。しかし、千五百年ほど前にあればいいんだろう」
 「まあ、そうだけど。あったの?」
 「この有明海は、潮の干満が激しいということを地理で習わなかったかい」
 「さあ、どうだったかなあ」
 「五メートル以上もあるということだったよ。それも、入り江の奥になるほど激しいってね」
 「だから?」
 「ほら、ここを見てごらん」
 父の差し示すところを見た。
 「ここに、干潟という地名があるだろう。そして、松崎に上浦、下浦、長淵、船越。これらの地名が並んでいるラインをよく見てごらん。それが何か分かるかい」
 「昔の海岸線?」
 「そうだよ。ほら、この吉野ヶ里のあたりから神埼、江島、曽根崎とあるだろう。先ほどの地名と合わせると入り江がこのあたりまで来ていたことが考えられるよ」
 「船越なんか高山からすぐじゃない」
 「そうなると、海原や干潟が広がっていたことは容易に想像がつくだろう。干潟には鳥も餌を求めてたくさん集まるよ」
 「じゃあ、かもめもいたわけね」
 「そうだよ。これで海、かもめ、山がそろった。それに、島原湾にかけてこのあたりには島がいっぱいだよ。ヤマトは風光明媚なあきづ島だと詠われた風景とぴったりだよ」
 「お父さん、すごいよ。これで条件はそろったじゃない。とうとう国見の山を突き止めたわね」
 「娘よ」
 「だから、その『娘よ』は止めてよね」
 「喜ぶのはまだ早い」
 「どうして?」
 「これは、今、この地図を見ての憶測でしかないよ。行かなければならない」
 「どこに?」
 「もちろん。九州に、博多に、高山に。そして、この目で確かめるんだよ。さあ、現地調査に行こう!」
 「九州まで行くの?」
 「行くよ、絶対に行く!」
 「でも、お母さんは何て言うかなあ」
 「うっ、それは考えていなかった。どうしようか。帰ってからまた作戦を考えるよ」
 「ある意味、そこが一番の難関かもね」
 「きっと、そうだろう」
 二人の関心は、一気に北九州の地に向けられた。






                          

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