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万葉紀行
由美と行く 

3、
 国道の表示に従い左折すると、ようやく二見が浦に到着した。

 周辺には、民宿や土産物屋が建ち並び、そこを通り抜けると海岸に出た。
 その海岸沿いには堤防があり、道を隔てて建物の側には松並木があった。
 その松並木に沿って車が数台止めてあったので、恒之は一番奥に車を止めた。

 『ふう、やっと着いたか』
 外は雨が降っていて、周辺に人影は見当たらなかった。
 途中、工事による渋滞に巻き込まれて、予定していた時間より大幅にずれ込み、八時を回ってようやく到着した。

 少々疲れ気味の恒之は、リクライニングシートを倒し、しばらく横になって休んだ。
 『そうだ、由美にメールを送るか』
 側に置いていた携帯電話を取ると、簡単なメールを送信した。
 【無事、二見が浦に到着したよ。明日か明後日の朝、夫婦岩周辺から昇る朝日の映像を撮りたいのだが、雨が降っているのでちょっと心配している】
 メールを送信して外を見ると、雨がやんでいた。
 『ちょっと、周辺の様子を見るとするか』
 恒之は車を降り、堤防越しに海の方を見たが、暗くて何も分からなかった。
 右手の方へ歩いて行くと、海岸沿いに道があった。
 その先に夫婦岩があると思われたが、やはり暗くてよく分からないので引き返した。
 恒之は、車に戻ると後部座席のシートを倒し、中に積んできた毛布や布団などで寝床を用意した。
 早速横になると、思ったほど寒くはなく寝心地は良かった。
 そして、家から持ってきていた缶ビールを飲むと、一日運転した疲れもあり、恒之はすぐに眠ってしまった。
 次の日の朝、薄らと夜が白んでくる頃、恒之は目を覚ました。
 『夜明けだ。天気は?』
 車の外を見るとよく晴れており、東の空に何本かの筋雲が棚引いていた。
 『よしっ、撮影には最高の空だ』
 恒之は、デジカメを手にすると車を飛び出した。
 海岸沿いの道を行くと、しめ縄の架けられている夫婦岩が見えた。
 近くには小さな神社もあり、日の出を参拝するような祭壇も作ってあった。
 恒之は、まだ薄暗い中で、夫婦岩の姿を撮影した。
 そのうち周辺には、日の出を見ようと、次第に人の姿も増えてきた。
 夏至の頃には、夫婦岩の間から太陽が昇るのだが、もう一ヶ月もすれば冬至を迎える今の時期に、それはあり得ないことだった。

 しかし、見る方向によっては、少しでもかすめてくれないかと恒之は期待した。
 段々と明るくなり、いよいよ待ちに待った太陽が昇ってきた。
 『ああ〜、かすりもしないよ』
 恒之の期待は、大きく外れた。
 側に山があり、夫婦岩は、その陰になってしまった。
 『残念』
 夫婦岩の背後から昇る朝日を、撮影することはできなかった。
 だが、とりあえずは夫婦岩を、朝の好天の下で撮影することはできた。

 恒之は、車に戻り寝床を整理し、近くの公衆トイレで洗顔を済ませた。
 そして、車内で軽い朝食を取りながら、携帯電話を見ると由美からのメールが届いていた。
 【明日の朝は、晴れるといいね。素敵な映像が撮れますように】
 昨夜のうちに届いていたようだ。
 【天気は最高に良かった。ところが、山の陰になってしまって、期待していた映像を撮ることはできなかった。では、これから伊勢神宮へ行く】
 恒之は、由美にメールを送信すると、伊勢市内の地図を広げた。

 『なるほど、ここが内宮で、こちらが外宮か』
 一般的に伊勢神宮と呼ばれているのだが、実は内宮と外宮と二つの神社がある。

 そして、神社に関わる周辺の施設も含めての総称が『伊勢神宮』である。 

 『では、先に外宮へ行き、あとで内宮に行くとしよう』
 恒之は、地図を横に置き、二見が浦を後にした。
 伊勢市街を走り、市役所を過ぎたあたりに外宮があった。
 駐車場に車を置き、境内に入った。
 周辺には、樹齢が千年を超えると思えるような巨大な古木が立ち並び、歴史の長さを感じさせる。
 恒之は、神楽殿でいくつかの資料をもらった。
 それによると、外宮の名称は、『豊受大神宮(とようけだいじんぐう)』とあった。
 『豊?』
 しおりには、衣食住をはじめとしたあらゆる産業の守り神だと記されていた。
 『豊と言えば北九州だよなあ』
 恒之は、ちょっと気になったが、まずは、風宮、多賀宮、土宮など周辺の別宮を見て回った。
 それぞれの社の建てられている方角などを見ていたが、ふとあることに気づいた。
 『どの社にも、すぐ横に同じ広さの敷地がある。なるほど、二十年ごとに遷宮するとあったがこういうことか』

 天武天皇の頃から始められたことになっているが、まったく同じ建物を、直ぐ横に建てて移るのである。
 それを、二十年に一度行なっている。

 それも、内宮、外宮だけでなく別宮など関係する施設設備を含め、調度品に至るまで、ありとあらゆる物が新調される。
 その準備に今年からかかり、完成は八年後になる。
 恒之は、少し歩いて本殿にあたる正殿の前に来た。
 入口には、鳥居とその横にも一際大きな古木があった。
 樹齢からすると建設当時に植えられたかと思えるほどだった。
 恒之は、鳥居を背にして立ち太陽を見た。
 『やはり、そうか。ちょうど真南を向いている』
 神楽殿からもらったしおりも見て確認をした。
 そして、西側を見ると、やはり同じ広さの敷地があり、第五十六回目の遷宮を知らせる看板が建てられていた。
 恒之は、周辺を撮影すると駐車場に向かった。
 そして、外宮から内宮へと移動した。
 内宮までは、そんなに時間はかからなかった。
 『んんっ? 何だろうこれは』

 恒之は、内宮が近づくにつれて、今まで見たことのないような街並みに、驚きと疑問を感じた。
 街路樹のごとく多数の石灯篭が、道路沿いに建ち並んでいるのだ。
 道の両側にずらりと、どこまでも続いている。

 恒之は、疑問を抱きながらも、内宮へ着いたので駐車場に車を入れた。
 まだ朝の早い時間だから、直ぐ横の駐車場に余裕で止められた。
 先ほどのしおりによると、内宮の名称は『皇大神宮(こうたいじんぐう)』で、天照大神が奉られているとあった。
 こちらにもいくつかの別宮があったが、本殿にあたる正宮に向かった。
 境内には、外宮と同じように、巨大な古木があちこちに見られた。
 恒之は、正宮の前に来ると鳥居を背にして立った。
 『やはり、そうか』
 外宮の正殿と同じで、真南を向いていた。
 恒之が、鳥居の中に入ると多くの参拝客がいた。
 そして、奥の方の建物をわずかに見ることができた。
 恒之が、その周辺を撮影しようと端のほうからカメラを構えた。
 すると、すぐに若い衛視が近づいてきた。
 「こちらで撮影はできません。鳥居の外からお願いします」
 「あっ、そうですか」

 よく見ると、入口に、これから先は撮影禁止と書かれていた。
 『そうか、見てもいいけど撮影はだめなんだ。でも、わずかに垣間見える社の撮影を禁止するほど都合の悪いことって何だろう』
 恒之には、どう考えてもその解答らしきものは浮かんでこなかった。 そして、こちらにも隣接して遷宮の敷地があった。
 周辺の撮影を終えると、五十鈴川にかかる宇治橋を渡り、神宮会館前の道路に出た。
 『ほら、あるよ、あるよ』
 その道路の両側に、石灯籠が、ほぼ等間隔でずらりと建ち並んでいる。
 『いったい、これは何だろう』
 大きさはいろいろだが、同じような形をしている。
 『ええっ、これって。まさか、ここにどうして』
 その石灯籠の正面上部に、ダビデ紋、あるいはカゴメ紋と言われる紋章が刻印されているのだ。
 恒之は、他の石灯籠も見た。
 他の石灯籠も同じ紋章が刻まれていた。

 『どうしてなんだろう』
 恒之は、いくつかの石灯籠を撮影すると、おかげ横丁と呼ばれているみやげ物の商店街に寄った。
 少し早い昼食を済ませ、いくつかのみやげ物を買って車に戻った。
 『さて、やはり気にかかるなあ。そうだ、図書館に行けば何か分かるかもしれない』

 恒之は、伊勢市立図書館に向かった。
 少し分かりにくい所にあったが、何とかたどり着けた。
 館内に入り、伊勢の歴史に関わるコーナーを閲覧したが、目当てとするような資料や本は見当たらなかった。
 『聞いたほうが良いか』
 受付に行き、そこにいた女性に石燈篭について尋ねてみた。
 「それについては、以前もお尋ねになった方があり、こちらでも文献等を調査したのですが、分からないんです」
 「分からない?」
 「はい」
 「でも、石燈篭の下には、どこかの業者の名前が刻まれていますようねえ」
 「そうですねえ。寄進と言いますか、それを作った時に出資されたのでしょうか」
 とにかく、その図書館では、石燈篭については一切分からないということだった。
 「また調べてみようと話し合ってはいるんですけど」
 「そうですか」
 それ以上、恒之もどうしようもなかった。
 図書館が調べても分からないという石燈篭とは、いったい何だろうと腑に落ちないまま図書館を後にした。
 車窓からは、無数の石燈篭が建ち並んでいるのが見える。
 市役所で聞いてみようと思ったが、土曜日なので閉まっていた。
 『仕方がない。さあ、帰るとするか』

 恒之は、伊勢自動車道に入った。
 途中、サービスエリアで休憩し、由美にメールを送った。
 【伊勢神宮は、日本建国と深い繋がりがあり、いろいろ謎めいているが、今日また謎がひとつ増えたよ。とりあえず、奈良に戻る】
 恒之は、また走り始めた。
 来る時とは違って、天気は良かった。
 しばらく、走っているとメールの着信音がした。
 『由美からかな』
 恒之は、名阪国道に入る亀山の手前で、サービスエリアに入った。
 『これからしばらくは、休憩できないからな』
 恒之は、トイレを済ませ、車に戻ってメールを開いた。
 【お疲れ様でした。そう言えば、日本産業史の講義の時に、伊勢からは水銀がたくさん採れたって聞いたわね。大仏建造にもかなり使われたそうよ。じゃあ、気をつけて帰ってね】
 「何だって、伊勢から水銀?」
 恒之は、今までよく分からなかった謎を解く大きなヒントが、そこにあるように思えてきた。
 恒之は、急遽予定を変えることにした。
 【もう少し話を聞きたい。その事は、とっても大事なヒントではないかと思える。急だけど、今夜は、由美のところに泊まってもいいかい】 
 恒之は、メールを送信すると地図を広げた。

 亀山で国道一号線に繋がっていて、それで行くと滋賀まですぐだった。
 『これなら、二時間もかからずに行けるよ』
 恒之は、由美の返事を待った。
 携帯の着信音が鳴った。
 「来た!」
 恒之は、ドキドキしながらメールを開いた。
 【そんなこと急に言われてもねえ。でも、特に用事も無いからいいけど】
 「よっしゃあ」
 【では、今からそちらに向かう。話を聞くのを楽しみにしているよ】
 恒之は、由美のアパートに向けてひた走った。

          



                       

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