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由美と行く 
万葉紀行

19、

 恒之は、その日撮影した妻木晩田遺跡や大山の映像をチェックしていた。
 「あらっ、大山が綺麗に撮れているのね」
 「こんなに晴れ渡った雪の大山を撮影したのは始めてだよ」
 洵子が、いつものように横で旅行雑誌を眺めながら、時折、パソコンの画面も覗き込んでいた。
 「これが、一番綺麗だ」
 「そうね。とっても素敵よね」
 「折角だから、誰か他の人にも見てもらおうかな」
 恒之は、そのままでは容量が大き過ぎるので、画像ソフトを使い、トリミングと圧縮をした。
 そして、簡単なメッセージを付けてメールを送信した。

 「ねえ、あなた昨年奈良に行った時、確か石上神宮へ行ったわよねえ」
 「ああ、行ったよ。スサノオが八岐のおろちを切った時の、何とか言う名前のついた剣が奉ってあると言われている神社だよ」
 洵子が、雑誌を眺めながら不思議そうに話しかけてきた。
 「布都御魂(ふつのみたま)?」
 「そうそう、そういう名前だったよ。古事記にも、神武天皇の東征の所で出てきたよ。熊野で大きな熊が出てきて、一同が倒れた時に高倉下が届けた刀で助かり、さらに荒ぶる神々がその刀で倒されてしまうんだ。その刀が布都御魂で今は石上神宮にあると書かれていたよ」
 「その剣がね、吉備から行ったと書かれているのよ」
 「ええっ、どういうこと?」
 「備前国の一宮が、石上布都御魂神社と言って、ここから奈良の石上神宮に移されたとあるのよ」
 「何だって、備前に石上と名前の付く神社があるって?」
 恒之は、驚きのあまり、思わず洵子の持つ雑誌を手にした。
 吉備を紹介する記事の中に、布都御魂を奉る神社として紹介されていた。
 しかし、旅行雑誌だからそれ以上詳しいことは書かれてなかった。
 恒之は、すぐにインターネットで検索をすると、いくつか出てきた。
 備前国一宮の石上布都魂神社は、岡山県赤磐市石上にあり、岡山市と津山市の中間あたりに位置していた。
 「そうか、周辺は石上という地名なんだ」
 「スサノオ尊も祭られているようね」
 「ほら、ここに書かれているよ。布都御魂は、最初ここにあったが、崇神天皇の頃に大和国山辺郡石上村に移されたとあるよ。ここの石上神社を大和国に勧請して、地名も石上となったともある」
 「ということは、奈良の石上神宮は、ここから分社したことになるの?」
 「ここの石上神社が本社なのは、明らかだともある。石上神宮を、以前は、布留神宮とも言っていたそうだよ」
 「じゃあ、奈良の石上神宮のルーツは、吉備にあったことになるわね」
 「そうなるよ。神社もそこに奉られている祭神も吉備から行っている」
 「ねえ、石上神宮ではどうなっているのかしら」
 「リンクされているから、すぐに調べられるよ」
 恒之は、サイト内にある石上神宮をクリックした。
 石上神宮は、天理市布留町にあり、主祭神は、布都御魂大神とあった。
 「布留御魂大神や布都斯御魂大神も祭られているとあるよ」
 「同じような名前の神ね」
 「『垂仁紀』には、剣が壱千口収められたとあるなど、古代は武器庫だったとも言われているそうだよ」
 「武器庫?」
 「だから、剣が主祭神なのかもしれない」
 恒之は、石上神宮に関わる他のサイトも開いてみた。
 「なるほど、布都斯御魂大神は、スサノオを意味し、布留御魂大神は、スサノオの息子のニギハヤヒを意味するという説もあるそうだ」
 「ややこしいのね」
 「布都とは、スサノオの父親を意味するとも聞いたことがあるよ。つまり、スサノオは、父から授かった剣である布都御魂で出雲や九州を制圧した。そして、次は、その剣を息子のニギハヤヒに託して、紀伊半島の制圧に向かわせた。ニギハヤヒは、その後、剣を石上神宮に奉り、父や祖父も奉った。そんなシナリオが考えられるよ。つまり、剣は、正統なる継承者を意味していたんだろう」
 「なるほどね」
 「石上神宮のある場所が『布留』とあるのだが、めずらしい地名だなあと思っていたんだよ。どうも、ニギハヤヒのことを意味していたようだ」
 「では、ニギハヤヒが紀伊半島や近畿地方を制圧するためにたくさんの剣を、そこに運び込んだのかしら」

 「さあ、そこまでは分からないけど、ニギハヤヒが奉られている三輪山や大神神社は、十キロも離れていないから、あるいはそうかもしれないよ。そして、その剣は、きっと吉備から送られてきたんだろう」
 「たたら製鉄と刀鍛冶の吉備ね」
 「この前、図書館でたたら製鉄の歴史を書いた本を調べたんだよ。すると、吉備には製鉄の跡が残る遺跡が、各地にあるそうだ。かなりの製鉄が行なわれていたようだ」
 「そして、その鉄は長船に集められ刀やいろいろな武器に加工されたのね。それが今に伝わる備前長船の名刀かしら」
 「以前話していた備長炭は、備中屋長左衛門という人が造ったから備長炭と名前がついたという説もあるそうだよ」
 「備中屋というくらいだから、やはり吉備との関わりは深そうね」
 「しかし、たたらで最高の純度にまで鍛えられた鉄は錆びないそうだ。そして、それは、たたら製鉄の技術でないと出来ないらしい。今の高炉による方法では、どうしても不純物が取り除けないそうだ。最近、ある製鉄会社が、鉄製の備品を製作したら、錆びたり欠けたりして、すべて返品になったとあったよ。そこで、その製鉄会社では、たたら製鉄の方法に取り組んだそうだよ」

 「たたら製鉄ってすごいのね」
 「砂鉄にしても鉄鉱石にしてもいろいろな不純物が含まれているだろう。特に酸化鉄とか、酸素を含んでいるとどうしても錆びてしまう。たたら製鉄では、その酸素をどうやって取り除いているか聞いたら、もう驚いてしまうよ」
 「どうするの?」
 「よく以前は、炭でコタツをしたりして、人が亡くなったことを聞いただろう」
 「そうね」
 「我が家でも、小さい時、練炭火鉢だったから、母親がよくそういう話をしていたよ。つまり、練炭が不完全燃焼をして、一酸化炭素中毒を起こしたんだよ。一酸化炭素は、きわめて酸素と結びつき易い気体だから、人間の身体の酸素と結びついてしまい、酸欠状態になってしまうんだ」
 「今でも、時々ニュースになるわ」
 「ところが、たたら製鉄では、炭や木の燃やし方により、炉の中で不完全燃焼を人工的に起こして、そこで発生する一酸化炭素を利用して、鉄の中に含まれる酸素を取り除いていたというんだ」
 「ええっ、本当に。信じられないわね」
 「一酸化炭素だの、不完全燃焼だのという知識が、千年も二千年も前にあるとは思えないから、体験でそれを習得したんだろう」
 「それが本当なら、たたら製鉄恐るべしよね」
 「だから、今の製鉄会社が、たたら製鉄を再考するわけだよ。ただし、そう簡単には出来ないそうだ。相当、試行錯誤をしたらしい。当時の製鉄を支配した勢力が、いかに絶大な力を持ったのかも分かるだろう」
 「神様として奉られるわけね。でもどうして『たたら』と言われるのかしらね」
 「どうも、ルーツはタタールにあるらしいよ。それにしても、本当に神業だよな。炉の大きさもいろいろあるらしくて、大きな炉になると、三日三晩燃やし続けるそうだ。その間、炭や木が燃やされる。そして、終わるとその炉は壊され、また、最初から炉が造られる」
 「本当に、熟練した技術が必要だったのね」
 「製鉄のために、その周辺の木が燃やし尽くされるんだ。そして、また別の場所に移動して大量の木が燃やされる。実は、森林破壊でもあるんだが、彼らは、一方で植林も大いに進めた。だから、わが国の森林が豊かなのは、彼らの努力に起因するのかもしれない」
 「山が常に整備されていく訳ね」
 「原生林ではなく、手入れがされた森林が次々と育てられていくんだよ」
 「それだと、森林破壊じゃなくて、環境整備をしていたことになるわね」
 「山が豊かになることによって、海洋資源も豊富になる。つまり、山の栄養素が川を下って海に運ばれる。良い漁場を育てるには、良い山を造れという話を聞いたこともあるよ」
 「なるほどね、山だけでなく海にとっても良かったのね」
 「それだけではないよ。木を切る人、運ぶ人、加工する人、炭を焼く人、一方では、それを鉄にする人。または、その人たちに食糧を用意する人。つまり、生産、加工、運搬など、農業や漁業、建築、土木も含めて国内のあらゆる産業が活発になるということだよ」
 「なるほどね。道も整備されていくだろうしね」
 「今でも、出雲から紀伊半島方面へ行く道は、出雲街道と言われて残っているよ。鉄の道とも言われたそうだよ。その製鉄産業の与える効果は、きっと計り知れないものがあったと思うよ。木材は、製鉄のためだけでなく、他からの需要も多かったことだろう」
 「一大産業ね」
 「鉄や木材の需要に応えるため、多くの人手が求められるから、相当な雇用対策にもなっただろう。あるいは、大陸に向けて輸出もしていたかもしれない」
 「鉄景気?」
 「これが、全国に波及していったとしたらすさまじいことになるよ。今風に言えば、出雲勢力による全国製鉄産業株式会社が誕生したようなものだよ」
 「どんな勢いだったんでしょうね」
 「まあ、あくまで想像だけどね」
 「でも、それだけ大きな影響を全国に与えていたとしたら、何かしら歴史が残されていないのかしら」
 「そうだよなあ。多くの神社は、こういった彼らの功績を称え、そしてそれを伝え残すために造られたのかもしれないよ。あと、考えられるとしたら風土記くらいかなあ」
 「風土記ねえ。でも、完全な形で残っているのは出雲くらいだとも聞いたわね」
 「まあ、一度図書館から借りてこよう」
 「あら、また読む本を作ってしまったみたいね」
 「どんな内容なのか、一度見てみたいと思っていたから、ちょうどいい機会だよ」
 恒之は、新たな関心が生まれてちょっとうれしかった。
 そして、パソコンの電源を落として眠りについた。



                      

   


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