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小林須佐男様からのご投稿

(2008年12月15日 0:58)

『三國志』巻五十一「呉書」宗室傳第六の条に『孫賁字伯 陽。父羌字(聖壹)〔聖臺〕,堅同産兄也。』と記載がある。

陳壽が(聖壹)と記載した理由は、敵国の「呉書」に登場する西戎族国出身「羌人」の字(あざな)故に〔聖臺〕を(聖壹)と変歪のうえ記載した様に思う。

「中華書局」編集部は、陳壽が(聖壹)と記載した文字を「續後漢書」巻五十三・?經著「校記」の〔聖臺〕を根拠に採取している。

即ち、誤りの(聖壹)を削り(表示刪的)、そして正しい〔聖臺〕に〔表示増的〕訂正している。


なお「中華書局」編集部は次の通りの解説がある。

『(略)この本の中で正しくなく説明の難しい字があり、前人の学者(20人余)による修正が多く、我々は其の中(「三國志」刻本四種)から比較してみて重要な部分を採取した。
この種類の字を改訂した校正者には理由があり別の見方もあるかも知れない。

今私達は、これを改訂したからと言って必ずしも正しいものではない。
従って、改訂後の〔字〕だけを記載したのでは片手落ちになるので改訂前の(字)も記載した。

( )は表示刪的・〔 〕は表示増的と二種の符号を用いて、元々の原本の字と校正の字とを比較した。

読者の方でこの修正が正しくないと思ったら原文の通りお読み下さい。(略)』との説明が表記されている。

以上の通り西戎族国に関係する羌人は、ここでも東夷族國の倭人と同様に「臺」の文字が
記載されず「壹」の文字を以って表記されていた。
これ等は、北狄族國や南蛮族國に対しても、同様な表記をしているものと推察できる。

従って、中華から見た蛮族國こと『三國志』巻三十「魏書」三十に表記されている烏丸・鮮卑・東夷の三ヵ國。

其のうち「東夷傳」の夫餘・高句麗・東沃沮・?婁・?・韓・倭など七ヵ國の説明表記の条文には「臺」の漢文字は『因詣臺』の一箇所しか見えない。

文才家の陳壽は、編纂にあたって列伝に記載があった邪馬臺國の〔臺〕を(壹)に変歪させ、邪馬壹國と記載した様に思われる。

後世に刊行の「後漢書」「梁書」「隋書」「北史」には“邪馬臺國”が記載されている

2008年12月14日
小林 須佐男



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